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『豊臣兄弟!』茶々の本心を観て感じたモヤモヤ――万民のためから「豊臣家の将来」への方針転換と茶々の描かれ方

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コラム

昨日の話を見たせいで、全く睡眠がとれませんでした。メンタル的に不調をきたすほどでした。

『豊臣兄弟!』を観ていて、ストーリーの展開やテーマのブレに少し戸惑いを覚えることが増えてきました。

特に印象に残っているのが、明智光秀と茶々(淀殿)のエピソードでの対比です。

光秀を描いたエピソードは自分の価値観ともしっくり合い、深く共感しながら観ることができました。録画したものをしばらく削除せずにとっておいたほどです。しかし、その後に描かれた「茶々が側室になるエピソード」に関しては、価値観がまるで噛み合わず、受け止めるのが難しかったです。茶々のエピソードがいずれ来るからいやだなってモヤモヤはしていました。

本作はこれまで何回も描かれてきたシーンの新しい切り口やさまざまな登場人物の価値観が多様な角度から描かれるため、観る側としてもなかなか厳しく、葛藤を強いられる場面が多くありますね。

『真田丸』での応援を少し後悔するような「茶々の本心」

特に茶々の本心が明かされた回は、私にとって非常に考えさせられるものでした。 かつて『真田丸』を観て熱心に豊臣側を応援していた当時の気持ちを、どこか「少し後悔してしまう」ような、複雑で切ない後味の残る描かれ方だったと感じます。また「真田丸」で核となる光成が今作では意外と存在感が薄くどの人かわかりづらいです。関ヶ原の前にもう豊臣は応援したくなくなったかもしれません。

万民のためから「豊臣家の将来のみ」へのシフト

また、作品全体の基本的なテーマ(兄弟)からも少し外れてしまっているのではないかという印象を受けました。

前回までは「万民のため」「天下のため」と理想を掲げて描かれていたはずなのに、気づけば「豊臣家の将来のみ」を最優先して考える話へと方針転換してしまっているように見えたからです。

天下人としての理想主義から、家の存続問題という現実的な都合へ――。 この急なシフトにモヤモヤした視聴者も少なくないのではないでしょうか。

今回の大河の新解釈による描かれ方によって、間接的に豊臣の時代が短命に終わったのもわかる気がしました。

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